僕のマジメ話

ちょっと気になった記事
▼過去15件表示

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コメント(-)
元の記事[--/--/--(--) --:--:--] | トラックバック(-) |
考えることを怠ると不安になる

ここ一ヶ月、良い意味でも悪い意味でも焦りや不安に感じることが増えた。

多分それは考えることを怠ってしまっているからだと思う。

特に最近は色んなことをサボっている。

本を読むこと、ビジネスプランを考えること、行動すること・・・・・

考えを必要とすることを自然と避けてしまっている気がする。


自分が怠けている間にも物凄いスピードで色んなことに取り組んだり、

挑戦したり、学んだりと成長している人はたくさんいるような気がする。

それが大きな不安要素のボトルネック。

自分自身、成長はしていると思うけど、どうもパッとしない。

頭を使うよりも作業的なことに時間をとられてしまい、

考えるより、「こなす」ことが多くなってしまっているからだ。

もちろん「こなす」作業の中でもたくさん学ぶことはあるから今はいいが、

ずっとその環境のままでは成長性には限界がある。


大げさかもしれないが自分の成長が等しく会社の成長性につながると思うし、

会社の中長期的な利益に直結すると思っている。


もう25歳。

20代で起業すると決心したのが20歳のとき。

もうそこから5年も経ってる。

あと起業まで5年もない。

年追うごとに色んなリスクが増える。



こんなとこで足踏みしてらんねぇ。

もう一回気合を入れなおそう。

まずは手を動かす環境から、頭を働かせる環境を自ら創ろう。

早速明日社長に提言だ。


スポンサーサイト
コメントを書くor見る:0
口は災いの元

言葉は時として暴力よりも深く人を傷つけてしまう。

それを知っていながらもつい言ってしまうのが難しいところだ。

間違ったことを責めたり、確かに正論を言っているのかもしれない。

しかしそれで何が解決できるだろう。


こんな話がある。

リンカーンは南北戦争中、前線の司令官に宛てて、

その不手際や戦意のなさを厳しく叱責する内容の手紙を書いた。

しかしリンカーンはそれを送らず、死後に身の回りから出てきたらしい。

何故送らなかったのか。

正論をいったところで何も解決しないからだ。

送ったところで司令官を傷つけるだけで戦況は変わらない。

自己満足だけでそれ以外何の得にもならないわけだ。

これはとても簡単な理論だが、本当に難しいことだと思う。

自分自身、振り返ってみてどうだろう。

ちょっとムカついたことに対して余計な一言を言ってしまってないだろうか。

これを言ったら相手の気に障ることだと分かっていながら言ってしまってないだろうか。

多分この経験は誰でもあると思う。

僕なんかは昔は本当に短気で、感情的でどれだけの人を傷つけてきたことか。

だから僕は、言いたいことは、一歩踏み止まって考えることにしている。

本当にムカついた時は一晩寝かせる。

冷静になれば理性が働き、最善の対処ができる。


口は災いの元。

確かにその通りだ。

軽率な発言は注意するべきだ。

よく考え、冷静になれば、口は災いではなく幸いをもたらすことも知るべきだと思う。

叱咤激励という言葉があるが、同じ叱るでも相手を奮い立たすこともできる。

言葉は人を傷つける凶器であり、武器である。

それと同時に生きるために必要なオアシスでもある。

自分の発する言葉がどんな形をしているか一度考える機会を設けてみたら

意外な形状をした言葉に気付くかもしれない。

コメントを書くor見る:0
答えがないことが答え。

なんでも答えがあると考え方はとてもシンプルで楽だ。

答えのあるものに関しては教えてもらうというのが小さい頃からの教え。

それに浸ってしまっている僕らはなんでも答えを出したがる。

そのために教えを乞う。

でも世の中みたら答えがないことがほとんど。

だとすれば学ぶことよりも考えることの方が重要なんじゃないかと思う。

そして自分なりの考えを持つことが必要なんだと思う。


分かりやすく人生に例えてみる。

人生に答えがないことは誰もが知っている。

では、自分の人生を自分主体で考えてる人がどれだけいるだろう。

誰かに教えを求めてはいないだろうか?

考えることをせずになんとなく生活していないだろうか?

人から言われた人物像を自分だと思ってないだろうか?

自分自身を本当に知っているのだろうか?


何が言いたいかというと、本当に自分自身を知り、

自分自身のあるべき姿を考えていたとしたら、上記は何ひとつ当てはまらない。

自分の人生をしっかりと歩んでいる人だと思う。

自分で考え、自分で選択できる主体性を持った幸せな人だと思う。


人生において道のない道をさまよい続けるのか、

もしくは他人が用意した道の上を歩くか、

それらとは反対に主体性を持って道自体を自分自身で作って歩むか。

その選択の違いだ。


話が逸れ過ぎたので戻すと、学ぶことも重要だけど

答えがないことがほとんどの世の中において学んだところで答えはでない。

それよりも自分自身で考えて自分なりの答えを見出すことの方がシンプルだ。

それはビジネスにおいても恋愛においてもライフスタイルにおいても言えると思う。


答えがないことが答え、ということに気づき、自分なりの答えを導くために考え、

行動するプロセスが重要なのであって、答え自体に意味はないんだと思う。

なぜならその答えのない答えは、

プロセスや考え方ひとつで常に変化していくものだから。


答えを探すのではなく、答えを持つ。

これだけでは強情や意地、意味のないこだわりになってしまうが、

答えを内外の影響によって水のように自由に変化させる。

ここが最も重要な気がする。

そもそもこの考え方自体が勝手な自論であって答えがないもの。

でも、僕自身はこれで納得している。

誰に教わったものでもなく自分自身で考え、行動プロセスの中でたどり着いた

自分自身の答えだからだ。

この答えが水のように周りの水に影響され、あるいは吸収し大きくなり、

変化していければいいと思う。


コメントを書くor見る:0
困難なことほどシンプルに。

仕事で大きい案件がやたらと僕に落ちてきます。

なかなかハードながら成長を実感できる充実した日々を過ごしてます。

さて、その中で自分なりに身につけた考え方があります。

「複雑で難しく大きい物事ほどシンプルに考える。」

意外と気づかない考え方だと思います。

複雑なものほど難しく考えてしまい、より困難になってしまいます。

規模が大きければプレッシャーは相当なもの。

これでは負担が大きく、身がもたないかもしれません。

たとえ答えが出せたとしても、時間が相当かかる上に、大抵他人には

理解されない自己満足だけのかったるい答えとなってしまう場合が多々あります。

複雑なものほど答えはシンプルでなければ理解されづらく、

シンプルな答えを出すためには、極めてシンプルに考えなくてはいけません。



意味合いは違うけれど例えるならこの考え方はクレーム対応に似ています。

クレームを受けると当人は上司になんて伝えよう。

会社としてどう謝罪しよう。

お詫び文を考えなくちゃ。

謝罪の際にお菓子とか必要?

など色々複雑に考えてしまいます。

こんな考えでは何も解決しないし、時間がかかります。

お客様も待てば待つだけ怒りも増幅します。

もっとシンプルに考え、お客様は何を求めているのか、

どうすれば納得するか、だけを考えて行動すればいいだけです。

お客様の立場に立って行動すればきっとお客様も悪い気はしないと思います。

対応の質によってはプラスに働く場合だってあります。


要するに違いは主観的考えか、客観的考えかの違いだけです。



もし複雑で難しい物事に出くわした際には、何をどうすればいいんだ・・・

と主観的に考えてしまうのではなく、誰が何を求めているのか。

客観的にシンプルに相手の立場に立って考ることを一度試してみてください。


きっといい答えが出るはずです。

コメントを書くor見る:0
track feed
アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。