2009年08月

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どうせなら得する生き方をしよう

同じことをやっていても得する人、損する人がいる。

どうせやるなら最大限得した生き方をすることを考えた方がいい。

変なところ突っぱねて損をするのは馬鹿げている。



高校時代とても悔しい思いをしたことをふと思い出した。

唯一の得意科目の体育で僕は小学校からずっと最高評価をとっていた。

高校三年の最終期。

当然の如く最高評価をもらえるものだと確信していたが、

成績表には5段階評価で4になっていた。

この成績は普通に考えてありえなかった。

マラソン大会では学年一位を獲ったし、体育をサボったことも手を抜いたこともなかった。

理屈でいったらありえない。

今思うと、単純に損をしただけだと思う。

普段からチャラ気てたし、悪い意味で目立ってたし、

そういうイメージが理屈でないところで成績に反映されたんだと思う。

当時は職員室行って怒鳴りつけてやりましたが(笑)



つまり世の中理屈じゃないってことです。

体育の例でいえば、実質的には5をもらえる数値に達してなくても5をもらえる人がいる。

矛盾した世の中です。

でもそれが現実だとすれば何でも得して生きることは最高の能力だと思う。

ある人はこれを運がある人と呼ぶ。

その逆を不運な人と呼ぶ。

これは完全に違う。

運は能力だ。運を引きつける能力を持ってるかどうかだ。

運のない人はその能力の無さに気づかない。しまいには運のせいにさえする。

「今日はついてなかったな。」って具合いに。

運がある人は違う。

思考回路も行動も決断もカンも、質と量が違うんだ。



多くの成功した経営者が口を揃えて言う言葉がある。

「たまたま運が良かっただけです。」

この言葉は成功者ならではで、将来自分も発言したい言葉のひとつです。


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怒涛の結婚ラッシュ!

親友が中国に仕事で行くということで10人ぐらいで送迎会を開きました。

彼はどこでもうまく順応するし、順応どころか楽しんじゃうタイプだから、

きっと中国でもうまくやっていけると思います。

とにかく頑張って欲しいですね。



この飲み会で意外な報告がありました。

友達が婚約しました。しかも2人。

これで身内の結婚がもう四人。

怒涛の結婚ラッシュです。

いつの間にかそんなお年頃なったんだなぁとつくづく思わされながらも

自分自身はまだ結婚なんて考えられないですね。

だから本当にみんなエライなと思います。

将来をしっかり考えてるわけだし、責任があって大人です。

自分は自分の好きなことばかりをやっていて、まだまだガキですね。



僕の周りは両極端で、結婚が近い人(既婚含む)か、

彼女がいない人かの2パターン。

勝ち組か負け組かって感じです。

ムカつくことに僕率いる負け組軍団の中から抜け出そうとしている

生意気な奴が現れました。

来週末に告白するらしいです。

なんて告白するか、聞いて見たところ、、、

僕の口からは恥ずかしくて言えません。

まさか、「100万回好きって言うのと抱きしめるのどっちがいい?」

なんて口が裂けても言えないよ。

まぁ告白の仕方も重要かもしれないけど、

思いさえ伝われば言葉はなんだっていいと思います。

頑張れよ、スダ坊。幸運を祈ってるよ。

もし成功したら俺もパクろうかな(笑)



そういえば自分自身も中途半端にしてるな。

とっても良い友達になってる気がする。

このまま友達でいるのも悪くないけど、やっぱ中途半端にはしたくない。

そろそろ結論を出そう。

彼女は俺のことをどう思ってるんだろうか。

逆に俺は彼女が本当に好きなんだろうか。



このまま中途半端な友達でいるぐらいならはっきりいって他人でいた方が良い。

じゃないと新しい出会いさえも失ってしまう。

自分の答えは正直分からない。

ただ、彼女の笑顔を見たいと思うし、笑顔にさせたいと思う気持ちは本心だ。

そして一緒に笑っていたいとも思う。



三度目の正直という言葉に習って、いい加減結論を出そうと思う。

この面倒くさがりで飽き性ですぐに答えを出したがるせっかちで、

ついでにスケベな自分が、プライドも何も関係なく純粋な気持ちを

持てていることは奇跡に近い。



出会ったのがホノルルマラソン。

それがある意味のスタート。

であれば今回行くベルリンマラソンもまた新しいスタートかもしれない。

ベルリンマラソン行く前に、答えを出そう。

どっちに転んでもベルリンマラソンは俺にとって新しいスタートになる。

そして24の歳を新しいスタートと共に締めくくろう。



また素敵な奇跡の旅になりますように。


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意思を持つことの重要性を知った

先日、一通の手紙が届いた。

封を開けるとヘッドハンティング会社からの手紙だった。

読むと一度会いたいとのことだったんで断る理由もないので今日会ってきた。

以前にもヘッドハンティング会社にスカウトされたことがあったが

今回はその時の自分とは随分違う自分に気付いた。

結論から言うと違いは意思がある、ない。迷いがある、ない。の違いだけなのだが、

この違いは本当に大きい。



前にスカウトされた時は、本当に迷った。

後々気付いたことだが迷いは自分の意思のなさから出てくるものだと思う。

それはとっても不幸せなこと。

何故なら他人の思惑と意思に自分の意思を見出そうとする行為だからだ。

他人の意思に自分の人生を選択させるなんて冷静に考えたらおかしいでしょ。

もちろん最終的に判断をするのは自分自身だからおかしくない。

という意見もあると思う。

ただ本当に人生楽しんでる人は自分の意思に基づいて自ら道をつくる。

こっちの道の方が、給料良くていいですよ~。

なんて誘惑に乗るようでは一生自分の道を作れない。

人がつくる道の上を歩いてるだけ。

唯一例外があるとすれば、互いの意思が合致し、同じ道を歩める場合のみだ。

分かりやすく例えるなら人生のパートナーがそうだ。

どっちかの道に合わせてるようでは本当の幸せにはならないと思う。

一緒に道を築いて支え合って歩むことが何よりの幸せ。



話を戻すと今回の自分は意思を持ち、迷いがなかったため、

お会いした方は話していくうちにそれを察し、

「お手伝いできることがありませんね」と笑いながら言った。

話しててとっても心地よかった。

自分の意思と人生観を相手に明確なビジョンで伝えられた。

自分自身で道をつくっているこの感覚は前回の自分と全く違う。

数ヶ月前の迷いだらけの自分を可哀想にさえ思う。



意思を何事においても持つことができれば、

大変かもしれないけど後悔することはまずないと思う。

たとえ失敗したとしても笑うことができると思う。



■今回学び得た3つの「いけない」

自分自身の人生において他人に選択を委ねてはいけない。

自分の意思は自分で見出さなければいけない。

自分の意思に反してはいけない。



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口は災いの元

言葉は時として暴力よりも深く人を傷つけてしまう。

それを知っていながらもつい言ってしまうのが難しいところだ。

間違ったことを責めたり、確かに正論を言っているのかもしれない。

しかしそれで何が解決できるだろう。


こんな話がある。

リンカーンは南北戦争中、前線の司令官に宛てて、

その不手際や戦意のなさを厳しく叱責する内容の手紙を書いた。

しかしリンカーンはそれを送らず、死後に身の回りから出てきたらしい。

何故送らなかったのか。

正論をいったところで何も解決しないからだ。

送ったところで司令官を傷つけるだけで戦況は変わらない。

自己満足だけでそれ以外何の得にもならないわけだ。

これはとても簡単な理論だが、本当に難しいことだと思う。

自分自身、振り返ってみてどうだろう。

ちょっとムカついたことに対して余計な一言を言ってしまってないだろうか。

これを言ったら相手の気に障ることだと分かっていながら言ってしまってないだろうか。

多分この経験は誰でもあると思う。

僕なんかは昔は本当に短気で、感情的でどれだけの人を傷つけてきたことか。

だから僕は、言いたいことは、一歩踏み止まって考えることにしている。

本当にムカついた時は一晩寝かせる。

冷静になれば理性が働き、最善の対処ができる。


口は災いの元。

確かにその通りだ。

軽率な発言は注意するべきだ。

よく考え、冷静になれば、口は災いではなく幸いをもたらすことも知るべきだと思う。

叱咤激励という言葉があるが、同じ叱るでも相手を奮い立たすこともできる。

言葉は人を傷つける凶器であり、武器である。

それと同時に生きるために必要なオアシスでもある。

自分の発する言葉がどんな形をしているか一度考える機会を設けてみたら

意外な形状をした言葉に気付くかもしれない。

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心の支えになりたい。

最近母がとても明るくなった。

たぶんそれは僕が母の話をよく聞くようになってからだと思う。


ある日の夜、自分の前では平然とした顔つきで振舞っていたが、

ふとした時とても強張った顔つきがちらっと目に付いた。

それを見て、「何、怖い顔してんだよ。笑ってたほうが人生楽しいぞ」

と、冗談ぽく言ったが、普段に見ない顔だったのでちょっと話を聞くことにした。

母は、たまに仕事の愚痴をこぼす。

僕は愚痴だとか、マイナス思考が大嫌いなので、そういう話をし始めるときは

あまり聞いてやらずに話を流していた。

今回はいつもと違う面持ちだったので真剣に聴き、自分なりのアドバイスを本気でした。

深夜1時だというのにそこから1時間半ぐらい話したかな。

母は話の中でヒントを得てくれたようで、いつもの平穏な表情に戻っていた。


翌日、母はいつも以上に笑顔だった。

笑顔で今日の出来事を僕に話し始め、僕の言ったことを実践してくれたようだ。

不思議と考え方ひとつでマイナスな要因もプラスに変えることができる。

それに気づけば、行動が変わり、周囲が変わり、環境が変わる。


母は昔からよく言うことがある。

「神様に本当に感謝。3人の良い子(男3兄弟)に恵まれて。」

そういってくれる母の元に生まれた自分は母以上に恵まれてると思う。

神様に本当に感謝。


母以外にも結構、人の話を聴くことが最近多い。

会社でも、2人に僕の前で泣かれた。

 ※僕は泣かしてません

本当につらいときや思い悩んだときに相談してきてくれる。

大したアドバイスはできないけど、真剣に聴いて一緒に考えることはできる。

きっとそれだけでもその人にとっては大きな支えになるのかもしれない。


少しでも多くの人を支えられるような幹の太い木の様に自分自身がなりたい。

でもきっと気づかないところで最終的にはそれ以上に自分自身が多くの人に

支えてもらっているんだと思う。

だから誰に対してでなくても日々の感謝を心がけて、

自分が自分を生かしてるなんて考えないように肝に銘じないといけない。

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