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答えがないことが答え。

なんでも答えがあると考え方はとてもシンプルで楽だ。

答えのあるものに関しては教えてもらうというのが小さい頃からの教え。

それに浸ってしまっている僕らはなんでも答えを出したがる。

そのために教えを乞う。

でも世の中みたら答えがないことがほとんど。

だとすれば学ぶことよりも考えることの方が重要なんじゃないかと思う。

そして自分なりの考えを持つことが必要なんだと思う。


分かりやすく人生に例えてみる。

人生に答えがないことは誰もが知っている。

では、自分の人生を自分主体で考えてる人がどれだけいるだろう。

誰かに教えを求めてはいないだろうか?

考えることをせずになんとなく生活していないだろうか?

人から言われた人物像を自分だと思ってないだろうか?

自分自身を本当に知っているのだろうか?


何が言いたいかというと、本当に自分自身を知り、

自分自身のあるべき姿を考えていたとしたら、上記は何ひとつ当てはまらない。

自分の人生をしっかりと歩んでいる人だと思う。

自分で考え、自分で選択できる主体性を持った幸せな人だと思う。


人生において道のない道をさまよい続けるのか、

もしくは他人が用意した道の上を歩くか、

それらとは反対に主体性を持って道自体を自分自身で作って歩むか。

その選択の違いだ。


話が逸れ過ぎたので戻すと、学ぶことも重要だけど

答えがないことがほとんどの世の中において学んだところで答えはでない。

それよりも自分自身で考えて自分なりの答えを見出すことの方がシンプルだ。

それはビジネスにおいても恋愛においてもライフスタイルにおいても言えると思う。


答えがないことが答え、ということに気づき、自分なりの答えを導くために考え、

行動するプロセスが重要なのであって、答え自体に意味はないんだと思う。

なぜならその答えのない答えは、

プロセスや考え方ひとつで常に変化していくものだから。


答えを探すのではなく、答えを持つ。

これだけでは強情や意地、意味のないこだわりになってしまうが、

答えを内外の影響によって水のように自由に変化させる。

ここが最も重要な気がする。

そもそもこの考え方自体が勝手な自論であって答えがないもの。

でも、僕自身はこれで納得している。

誰に教わったものでもなく自分自身で考え、行動プロセスの中でたどり着いた

自分自身の答えだからだ。

この答えが水のように周りの水に影響され、あるいは吸収し大きくなり、

変化していければいいと思う。


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